◉震災発レポート
映画『男はつらいよ寅次郎 紅の花』
長田ロケ密着 ❷
〜長田は映画の"額縁"——寅さんは永遠に〜
神戸市長田区菅原通 ◉ 1995年10月25日
text by kin
1995.10.29 up
長田は映画の"額縁"
作品内の設定である新春の彩りは、地元の朝鮮舞踊「長田マダン」が愉しく派手に添える。菅原市場の広い駐車場に、大きな踊りの輪が広がった。その光景を道を挟んだマンションの屋上から、カメラが俯瞰で捉える。見学するたくさんのギャラリーは、不自然に映り込まないようにスタッフの指示に従って手前のプレハブの影に隠れて見守った。
16時45分、長田でのすべての撮影が終了した。今回撮影されたのは、震災を伝えるテレビニュース中に登場する寅次郎がボランティアで豚汁の炊き出しを手伝っている活動ぶりと、その震災から1年が経過した新春、再び長田を訪れた寅さんが地元の人との再会を喜ぶシークエンスだった。急遽シナリオを変更してのロケだったというが、山田洋次監督は、
変更じゃなくて、『付け足した』ということ。我ながらとてもいい付け足し方ができたなあと思っています。今日ついに撮影の日が来たなあと。いい日で良かった。
と話していた。その長田が登場するのは物語本編を挟んだ冒頭と最後のシークエンスで、「長田のシーンは合わせても5分程度」(山田監督)しかないというが、
ちょうど長田が映画の額縁のようになります。これを観てもらって『ああ震災があったんだな、多くの人たちが亡くなったんだな……』と思ってもらえれば。
と、そのように観客の心に残ることを期待する。
また映像中には長田区の蓮池小学校避難所を訪問した時の村山富市首相も登場するというが、これに関して、
寅さんに(市民の意見を)代弁させたというよりも、あの中に寅さんがいたら面白いなと思って。トム・ハンクスとケネディ米大統領(『フォレスト・ガンプ/一期一会』米・1994年)と同じようなものです。
ところで今回、炊き出しボランティアをしている寅さんやパンチ佐藤さんの腕に巻かれている腕章には「すたあと長田」という実在のボランティア団体名が記された。これは実際に活動している地元団体の名前を入れたい、という松竹側の意向で決まったことだという(すたあと長田は、震災後に生まれた地元団体で、「長田からスタートする!」の意)。
明るい寅さんはフィルムの中に永遠に
翌96年夏、車寅次郎役の渥美清さんが亡くなった。結果的にこの48作目が『男はつらいよ』最終作、そして遺作となった。後に、この撮影は闘病生活が続く中で進められ、体調もかなり悪化していたことが明かになっていく。当時そうした事情を知らされていた地元スタッフも、渥美さんへ負担をかけないように声をかけないなど注意を払っていた。山田監督は回想する。
渥美さんが僕に言ったことがあるんですよ。『朝、スタッフのみなさんに挨拶されて、それに笑顔で応えることさえ辛いんです』。それで『スタッフや見物の方への挨拶を省略させていただきたい。不機嫌な親父だとみなさん不愉快になるだろうけれども、勘弁してやってほしいと伝えてください』とね」(『両さんと歩く下町—『こち亀』の扉絵で綴る東京情景』,238p,秋本治,集英社,2004年)
ただ長田では、そうした事情を知らないギャラリーの声援に応えることもない淡々とした佇まいも、愛想がないというよりは、プロとしての仕事を全うしようというストイックな姿勢にも見えた。また今立っている地が、セットではなく本当に家が焼け人が亡くなった「被災地」であるということへの厳粛さと緊張感から去来するもののようにも伺えた。それは宮川大助さんの言葉からも汲み取れる。
「渥美清さんに『ここは聖地だね』といわれ、身がひきしまりました。」(朝日新聞夕刊2008/10/30)
しかし長田においても、本番の中では確実に「明るい寅次郎」が存在した。それは永遠にフィルムに焼き付けられることとなり、被災者にたくさんの勇気と希望を与えた。
神戸の下町・長田の登場する『男はつらいよ寅次郎紅の花』は、全国松竹系で1995年12月23日から公開された。
[了]
◉初出誌
『WeeklyNeeds』1995.10.29号(Vol.2No.7)を加筆し再録。
#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。
- 「下町長田に寅さん登場!か?」『WeeklyNeeds』1995.7.2号(Vol.1No.17)
- [2008/10/30]ニッポン人・脈・記おーい寅さん(11)パン屋の手紙ロケがきた - 朝日新聞夕刊
- 『両さんと歩く下町—『こち亀』の扉絵で綴る東京情景』,秋本治,集英社新書,集英社,2004
- 『男はつらいよ』公式サイト - 松竹株式会社
- [2007/01/10]共に生きる街−被災作業所と地域の12年上.寅さんの茶の間炊き出し原点「役割見えた」 - 神戸新聞
- [2006/10/11]長田には「本当の交流ある」山田洋次監督を「囲む会」 - 神戸新聞
- [2005/01/15]「碑は語る震災10年」26.寅さん「男はつらいよ」ロケの記念碑(神戸市長田区)被災地に笑いと勇気 - 神戸新聞