◉震災発レポート
次世代へ語り継ぐ場に②
「いのち」の文字が浮き上がる
愛媛県今治市 ◉ 2006年1月15日
防災フェスティバル〜被災地に愛を〜
text by kin
2006.2 up
作業を通じて子どもたちも共有
グラウンドでは、今治南高校吹奏楽部がマーチングバンドの演奏で小さな子供たちを愉しませている。
脇で目立っていたのがクレーン車搭乗のアトラクションだ。一度に15人くらいが乗れる工事用のクレーン車に乗り、一回50円で地上5階くらいの高さまで上ることができる。大人気で遊園地のように毎回たくさんの子供たちが順番待ちをしていた。それに混ざって上がってみる。今治の市街地を見渡すことができた。グラウンドを見下ろすと、中央に大きく並んでいる灯籠が何という文字を形作っているのかわかった。
たくさん並べられている紙灯籠は、牛乳パックを切って窓をくり抜き、そこにトレーシングペーパーを貼り付けて作られている。その一つ一つに平和や追悼の想いのメッセージが書かれている。こうした製作プロセスに関しては模造紙で詳しく紹介されていた。それによると昨年末から市内7つの高校と2つの中学校、10の小学校と19の児童館での生徒会や部活動、PTA活動によって、また"今治ボランティアフィスティバル"などといったイベント会場において作られてきたものだという。予想外に幅広い地域のさまざまな人たちが参加していたのだった。
作業風景のスナップ写真を見ると、本当に子供たちや女子高生などの若者が作業をしている。この年代の子たちは、震災時はまだ生まれていなかったり小学校低学年以下だったりするので、震災の記憶はほとんどないはずだ。しかしそうした子たちがこの作業を通じてイベントに参加することによって、やがてその意味を感じとっていくことになるのだろう。このような紙灯籠の製作プロセス一つとってもなかなか他の地域では見られないものだ。会場内にも製作コーナーが設けられており、何人かが作業をしていた。
「いのち」の文字が浮き上がる
日中は暖かかった空気も、日が暮れて冷えてきた。小腹も空いたので炊き出しコーナーに行った。どれも10〜100円と爆安である。まず一番奥のうどんの前へ。炊き出しがうどんというのも四国らしい。関西風のだしがおいしくて身も心も暖まる。それを誘い水にフランクフルト、揚げタコ(たこ焼きを揚げた感じのもの)、甘酒などをはしごする。
暗くなるのも早い。野球場の照明が点灯する。午後7時をめどにおよそ三千個近くもが並べられている紙灯籠に火を灯そう、という案内がマイクであった。灯籠のロウソクに火を灯すという作業は、淡々としているが故か口数も少なくなり大人も子供もみんな神妙であり真剣になってしまう。そうした行い事態がどことなく宗教的・精神的な厳かな空気を作り出す。それは追悼の想いと未来への誓いをたてる個人的な精神作業だ。
おおよそ全ての灯りが灯されたころ、ふたたびクレーン車に乗り上空からその形作られた文字を眺めることになった。報道や関係者だけではなく、カメラを持っている人は優先的に乗せてくれるとのことだったので同乗させてもらう。今治の街は山が近く都会ほど明るくはない。会場でいままで点いていたグラウンドの照明が落とされると、真っ黒な地面には「いのち」の文字が浮かび上がっていた。
なぜ「いのち」という文字なのかを、夕方上ったときに隣で係の女子高生が小学生の子に話していた。いのちとは、震災だけではなく各地で被害の目立った水害や豪雪災害などあらゆる災害被災者への追悼の気持ちの共有と、昨年の幼い命を奪う犯罪事件の顕著化。いろいろな意味において命の尊さを考えようという意味が込められているんだよと。
ふつうの防災イベントではなく、ここには環境問題やボランティア活動などにも目を向けることで、経験と教訓を未来へ生かして『「いのちの大切さ」と「支え合う大切さ」を次世代に伝え、災害に強いコミュニティーに取り組む』というテーマが込められていた。
クレーンから地上に降りた。灯りを前にして全員で黙祷をする。挨拶のあと今治南高校吹奏楽部による追悼の演奏が再び始まった。冷たい寒空の下、その音色は被災者への愛を奏で、まるで未来への教訓の継承を誓っているようであった。
[了]
◉データ
防災フェスティバル〜被災地に愛を〜
開催日:2006年1月15日
場所:今治市営補助球場(愛媛県今治市大新田町5丁目)
主催:今治1.17実行委員会
共催:今治市ボランティア団体連絡協議会
後援:今治市、同市教育委員会、同市社協、同市連合自治会、ほか
#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。
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